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オランダ・マニエリスム版画展

  • [版画素描展示]
  • オランダ・マニエリスム版画展
  • 2004(平成16)年9月10日- 2004(平成16)年12月12日
  • 会場:
    国立西洋美術館 版画素描展示室
    出品点数:
    版画37点

マニエリスムというのは、ルネサンスとバロックの間、より具体的には、ラファエッロの死(1520年)からアンニーバレ・カラッチやカラヴァッジョが活動を開始する16世紀末までの約半世紀にわたって続いた美術様式をさす言葉です。これはイタリアで生まれ、イタリアで展開した美術様式でしたが、16世紀半ば以降には全欧的な広がりを見せるようになります。フランスにおけるフォンテーヌブロー派の美術はこうして生まれたものでしたし、プラハのルドルフ2世の宮廷で開花した美術は、マニエリスムの精華として広く知られています。マニエリスムという言葉は、もともと、イタリア語の「マニエラ」 "maniera" (英語の "manner" に相当する)に由来するものであったことからも想像されるように、これはイタリア盛期ルネサンスの表現形式を規範としながら、それを意図的に強調したり、場合によっては、歪曲したりしながら、人工性の強い精妙きわまりない表現を追究した美術でした。ある著名な美術史家がマニエリスムを「様式的な様式」と呼んだのは、まさに至言でしょう。自然主義とは対照的な虚構性に溢れた美術、それがマニエリスムだったのです。

1600年前後の約30年間に展開されたオランダ・マニエリスムは、最後に登場する、言わば、「遅れてきた」マニエリスムでした。その特徴は、なにより、先行する多様なイタリアのマニエリスム的要素が同時に取り入れられた折衷主義にあったと言えるでしょう。イタリアから直接もたらされたものは無論のこと、ルドルフ2世の宮廷画家であったスプランゲルの素描や、16世紀の半ば過ぎにアントウェルペンで出版された多くの版画から、最新の表現やイタリアや古代に関する大量の情報が一度にこの地に流入しました。従って、この時期に制作されたオランダの作品すべてをマニエリスムという言葉で定義してしまうことは、実は、なかなか難しい側面もあることは事実です。古代彫刻や古代遺跡を丹念に写し取った作品と、奇想天外とも見える不自然に捩れた肉体表現とを、同じ理念で説明することには大きな困難が伴う場合もあるからです。しかし、逆説的に言えば、そのような統一性の欠落や矛盾、あるいは、異なる様式の混在こそがマニエリスム的だったと言えるのかもしれません。今日的感覚からすると、オランダ・マニエリスムを特徴づけるこのような折衷主義は、負の文脈で語られることが少なくありません。しかし、オランダ・マニエリスムの魅力は、まさしく、異なる発想とさまざまな源泉とをもつ多様な表現の共存にこそあったようにも思われます。よく知られているように、マニエリスム以後に生まれた17世紀オランダ美術は、次第に反自然主義から離れ、写実主義へとその歩を進めてゆきました。しかし、その写実主義の根幹に、より錯綜した理念があったことは、決して忘れてはならないことでしょう。

面は小さいものの、そこには、理念性の強い主題と日常的風俗描写、非現実的な場面設定と精緻な細部描写が緊密に結び付いた、振幅の大きな表現を見ることができます。よく知られたオランダ美術とは異なる、「もうひとつのオランダ美術」をお楽しみください。

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