このページは美術館の魅力を「もっと知りたい!」という皆様のご要望をかなえるため開設しました。
ここでは国立西洋美術館を西美(セイビ)と呼ぶことにします。
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 奥が深いぞ!保存修復の世界!

今回私たち美術館.com取材班は保存修復の現場へと足を踏み入れることが出来ました。
西美の保存修復に関わる部屋は絵画・タピスリー室、彫刻室、物理室、化学室の4室があります。
電子顕微鏡、赤外線カメラほか充実した機材を揃え、修復の過程では2000種類以上の素材を用いることができ、
国内でも充実した修復作業が出来る館なのです。
過去のアンケートでも、読者の方は修復のお仕事に興味津々の模様。

お話をうかがったのは、西美で保存修復を総括している、主任研究員の河口さんです。
(以下質問への回答:河口さん)

 

そもそも「保存修復」って 何?

昔からの美術品というのは、壊れていないものは殆ど無いといっていいほど、どこかしら壊れています。

絵画作品は温度や湿度の微妙な変化で、下地のカンヴァスが伸び縮みを起こし、表面の絵具や顔料がひび割れてくるものです。そして、カンヴァスや板というものは時代が経つにつれ劣化していき、穴が開いたり、緩んだり、虫食いによる被害を受けたりもするものです。そうした作品に起こっている変化に対して、いかに少ない手当てでオリジナルを守るのか?というのが“ミニマルコンサーベーション”といって、修復の基本理念になっています。

オリジナルを保存修復するということは、それ以上に壊れてしまわないようにすることが“修復”、未来へ大事な作品を受け継ぐために「物は壊れる」という自然の法則に逆らいながら守っていくのが“保存”といえるでしょう。

実際にはどんなことをするの?

実際に修復を始める前にまず、作品の状態をみたり(赤外線カメラなどを使うことも)、オリジナルがどうなっていたのかを調べます。それから、状態に応じた修復の手順を検討し、作業を始めます。修復が最小限で済むように作業の間でも段階ごとにさらにその方法などを何度も検討します。

作業としては汚れを取るのが基本です。額の裏側を開けてみたら、チリ、埃、カビのほかに虫や古釘まで入っていることもあるので、そういったものを丁寧に取り除いてあげなければいけません。画面のニスを洗いとったりすることもあります。

穴が開いていたりした場合は、詰め物をして、その上に水彩で失われた部分を補うこともあります。油絵の作品だからといって、油絵具だけで直すわけではないのです。昔の絵画作品に使われた絵具と同じものを揃えて直すというのは不可能ですし、オリジナルを守るためわざと別の方法で修復することもあるんですよ。どこを修復したか後世の人にわかるようにしながら、全体を自然に見せなければいけない。そこが修復の醍醐味でもあり、感性が問われるところなのです。

   

保存修復室は、こんなところだった!(文中の番号はイラストの番号に対応しています)


1.ピンセットやメスのような刃物に注射器まで!まるで手術の道具のようです。
2.透明のカバーがついたデスクライトのようなものは、吸引機。揮発性のある薬剤を扱うことがあるので、これで吸い取りながら薬剤を使用します。
瓶が沢山あって、まるで実験室のよう。

3.額縁も大切な作品。丁寧に修復中。
角のひび割れを直しているところです。

4.修復の終わった額。
絵画作品だけでなく、こうした額の保存修復も作業の対象となります。
(上画像は額の裏側の面)
深緑色の部分が修復したところ。元の紙が劣化してぼろぼろになっていたため、外して綺麗に貼り換えました。

7.主に紙の作品に用いる装置。
台に置いた作品を下方から空気で吸い付けるようになっていて、均一に湿気や保護剤をしみこませたり、作品を平らな状態にすることができます。

5.顕微鏡。手元を確認しながら作業するための装置です。
ライトがついて手元が明るく見えます。テレビとレコーダーにも接続されているので、作業の記録をとることもできるようになっています。
(右画像)顕微鏡の24倍のレンズ。視野はせいぜい3センチ位。指の指紋がはっきりと見えます。細かい作業をこの装置で行っているんですね。

6.掃除機発見!
たかが掃除機という無かれ!
作品に溜まった埃やカビと戦うには大事な役目を持っているのです!

 

修復家にはどんなことが必要?

まず、英語でもドイツ語でも堪能になって、海外で3〜5年以上は修行を積むことです。
日本はまだまだ遅れているところがあり、海外での修行は必須です。(ちなみに河口さんは8年間海外で修行されています。)
修復師の仕事自体は、絵画の技術だけではなくて、化学や物理の専門知識が無いとできません。
それは絵の具・オイルなどの画材やキャンバスの素材特性について理解している必要もあるし、物理的、化学的な原因で作品がどう壊れるかまたは守れるかという知識や経験を重ねることで作品を「保存する」方法を導き出すことができるからです。
あとは、感性を磨くこと!

今回の取材で印象に残ったのは「作品をまず見る。先入観なしで作品を見ることが基本」という河口さんの言葉です。私たちはとかく絵画作品をどうやってみたら良いのだろうと考えてしまいがちですが、まずその作品と対面し、その時に心の琴線に触れたもの(その人の感性に触れたもの)が、その作品と自分の関係で一番大切なことで、うんちくは後から幾らでも知識として取り入れていけばいいんだと教えていただいた気がしました。
そして、保存修復の基本は「整理整頓!」とおっしゃるように、物がきちんと整理され、整然とした気持ちのいい修復室が印象的でした。
それから作業に取り掛かるときは自分の積み重ねてきた実績に自信を持って覚悟を決めて取り掛かるという職人魂のようなものに感銘を受けました。

取材:美術館.com水井美佳・勝見美樹 
 
 
   
 

フィンセント・ファン・ゴッホ
《ばら》

1889年 油彩・カンヴァス
33cm×41.3cm
松方コレクション

西美の所蔵作品の中でも、大変人気が高いのがこのゴッホの「ばら」という作品です。ミュージアムショップのグッズでも3位以内に入るくらいの人気ぶりです。
日本人はゴッホ好きなんていわれますが、日本に存在する数少ないゴッホ作品としても誇れる作品と言えるでしょう。

この作品は、ゴッホがサン=レミに入る前のアルル滞在最後の時期に描かれた物であるといわれていましたが、後にサン=レミ療養院入院後の晩年に、その庭の隅を描いたものと言う説が提唱されているそうです。
(ご存知の方も多いと思いますが、ゴッホがサン=レミ療養院に入ったのは、ゴーガンとの共同生活後、自分の耳を切り落としてしまう事件を起こして破綻してしまったことによります。)

住み慣れた家を離れ、療養院で生活をしながら描いたこの作品。いったいゴッホの胸の内はどのようなものであったのでしょうか。苦しみに満ちていたのでしょうか、それとも、もう落ち着きを取り戻し、絵画への情熱を再び燃え上がらせていたのでしょうか。

私にとってこの作品は、とても穏やかな絵に見えます。ゴッホ独特のうねる様な筆の運びもすでに見られ、日差しの中で咲くばらを、一人静かに描いている画家としての彼の姿が見えるような気がするのです。
「ばら」と名づけられた作品ではありますが、一筆一筆、丁寧に置かれた様々な色合いの美しい「緑」が強く心に残る作品です。
 
     
 
◆「西美」(セイビ)のひみつ(6)◆
このコーナーでは、「西美」の、
知っているようで知らなかったこんなコトをお知らせします!
前庭彫刻は塗り替えられている?!

雨風にさらされてしまう、前庭の彫刻たちですが、そのお手入れはどのようにされているのでしょうか?
時々きれいになっているみたいですが、もしかして塗り替えているのですか?

(河口さん) はい。浮き出てきた錆びを、錆びだからといって落としてしまうのは、オリジナルを壊してしまうことにもなるんです。
だから、2年に1回中性洗剤でよく洗って、油絵の具や薬品を使って色を合わせています。最後にワックスを焼き付けます。
これで2年くらいは持つんですよ。


中性洗剤で洗浄

絵の具及びワックス塗布

バーナー掛け
    提供:国立西洋美術館

いたずら書きなど困ったことなどはありましたか?
(河口さん)前庭に限らず、彫刻作品に触れられることで表面がつるつるになってしまったり、ガムを貼り付けられてしまったことも今までにありました。いずれの場合も、作品を傷つけないように注意しながら、汚れを落としたり、再度着色をしなおしたりしなければならないので大変です。絶対にやめてくださいね。

ちなみに「地獄の門」って開くんですか?
(河口さん)開きません!(笑)どっちみち『天国の門』は開いてもいいけど、『地獄の門』は開いたら困っちゃうでしょう?(笑)

 

◆お客様からの声◆

・インドメタシンさん:とても楽しそうですね。ル・コルビュジエは完成した建物を見なかったというのは初耳でした。前川國男さんたちは非常に信頼されていたのですね。普段は入れない場所を見学できるツアー、参加してみたかったです。

・なかみさん:東京文化会館の建物が師匠への敬意の表れとして共通する意匠があると知り今度訪れたとき是非西美と見比べてみたいと思います。「地獄の門」前でのコンサートも興味深いですし、来年のFUNDAYは是非参加したいです。

・nonchanさん:FUN DAYがあるのを知りませんでした。コンサートもあるんですね。西洋美術館に先日行った時に、ハイビジュン液晶TVでの絵画の紹介?を目にしました。詳細を知りたいです。
「OPEN museum」プログラム(美術を通して人々が出会う開かれた美術館を目指す)事業の一環として、西美の代表的な所蔵作品に関するオリジナル映像をロビーで上映しています。また、本館ロビーに設置してあるパソコンでも同じ映像をご覧いただけます。

 
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