2009年、国立西洋美術館は50周年を迎えます。

展覧会

国立西洋美術館開館50周年記念事業「ローマ 未来の原風景 by HASHI」
会期:2009年9月19日(土)〜12月13日(日)

「ローマは偉大であるがゆえに人々から愛されたのではない。人々から愛されたがゆえにローマは偉大になったのだ」――イギリスの作家G.K.チェスタートンの名言のとおり、都市のなかの都市ローマは時代と国境を超えて多くの芸術家たちを引き寄せ、ローマに捧げられた芸術作品は「永遠の都」への憧れを一層かきたてます。ゲーテ、スタンダール、アンデルセン、プッチーニ、ウィリアム・ワイラー、フェリーニ……ローマの魅力を作品にうたった創造者たちの名を挙げれば、優に一冊の本ができあがるでしょう。

この展覧会は、ニューヨークを拠点に世界で活躍しているHASHIこと橋村奉臣氏による、都市ローマを題材とした作品群を紹介します。広告写真からファイン・アートまで広い領域におよぶ橋村氏の意欲的な活動に一貫しているのは、写真というメディアの本質ともいえる“時間”の概念に挑戦する姿勢です。HASHI の名を世界に知らしめたAction Still Life(アクション・スティル・ライフ)の写真作品は、10万分の1秒という極小の時間を超高速の光によって鋭く捉えたものでした。それらの作品は、「一瞬の永遠」という作者自身の言葉に集約されているとおり、人間の知覚能力をはるかに超えて極限まで凝縮された一瞬のうちに展開する、限りなく豊かで驚異に満ちた形の世界を私たちに示しています。

一方、今回の展覧会「ローマ 未来の原風景 by HASHI」で紹介される作品群は、“時間”の概念と写真表現の可能性に関する橋村氏のもうひとつのアプローチから生まれたものです。それは作者自身が撮影したモノクロームの写真を焼き付ける過程でさまざまな技法を施した、いわば写真と絵画的手法の融合による一種のミクストメディア作品です。橋村氏はこの独自の手法をHASHIGRAPHY(ハシグラフィー)と命名し、1987年以来制作に取り組んでいます。

作者によれば、「未来の原風景」と称したこれらの作品群を貫いているコンセプトは、いま私たちの眼に映る21世紀の光景を千年後の未来に再発見するというものです。作品の出発点となる写真には、二千年を超える都市の歴史が刻印されたローマの遺跡や街並みと、現在この都市に暮らす人々の営み、そして憧れをもってこの都市を訪れる人々の姿が重なり、遠い過去から現在にいたる悠久の時間が凝縮されています。橋村氏はこうした“過去”と“現在”が交錯するイメージをみずからカメラに捉え、集中力を傾けた暗室内の作業によって、そのイメージに彼自身の生の痕跡を新たな“現在”として刻みつけます。このようなプロセスを経て完成する作品は、それ自体があたかも遠い過去の遺物であるかのような装いを帯び、私たちの思いを現在から遠い過去へ、そして遥かな“未来”へと導きます。これらの作品が、懐かしさに似た不思議な感覚をよびおこすのは、私たちの現在、私たちの生きる時間が永遠の時の中の一瞬であることを、あらためて思い起こさせてくれるからに違いありません。

「ローマ 未来の原風景 by HASHI」は、この展覧会のために撮影・制作された最新作を中心とする約60点により構成されます。橋村氏の作品は、汲めども尽きぬ永遠の都ローマの魅力を生き生きと映し出すとともに、私たちを果てしない時間の旅へと誘います。また、国立西洋美術館において同時に開催される企画展「古代ローマ帝国の遺産 ―栄光の都ローマと悲劇の街ポンペイ―」とあわせてご覧いただくことにより、古代文明の遺産と都市の長い歴史が、今日のアーティストの独創的な活動を通じて新たな価値を見出されていることを実感していただけるでしょう。

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