最後の晩餐
- マールテン・ド・フォス
- 1532年-1603年
- 最後の晩餐
- 油彩/カンヴァス 146 x 212.5 cm
右下、椅子の上に署名: F. M. D. Vos
P.1992-0004
マールテン・ド・フォスはブリューゲルとルーベンスとをつなぐ時期に活躍した最も重要なフランドルの画家である。1550年代にはイタリアに滞在したと思われ、確証こそないものの、ティントレットの工房で活動したとも推測されている。ド・フォスの活動したアントウェルペンは、1581年から85年にかけてのカルヴァン派の一時的な支配の後、再びカトリックの支配下に入った。この時期のアントウェルペンでは、言うまでもなくカルヴァン派信徒たちによって荒廃させられた諸聖堂の再興が最重要課題となっており、それは対抗宗教改革運動とも密接に連動していた。自らも新教徒であったド・フォスは、1560年代から70年代は主として富裕な商人たちのために絵画を制作していたと思われるが、宗教上のこうした激変によっておそらくはカトリックへの改宗を余儀なくされ、90年代以降は教会を飾る祭壇画を多数制作するようになっていった。
ド・フォスは伝統的な形式に従って画面とほぼ平行にテーブルを配置し、中央奥にキリストを、彼を取り囲むように弟子たちを描いている。自分たちのうちのひとりが主を裏切ると告げ知らされたことにより、弟子たちの間には動揺が広がる。本作品はまさにその瞬間を描いているように思われる。弟子たちは視線の向きと配列の工夫によりいくつかのグループにまとめられているが、こうした構成において裏切り者であるユダの孤立もまた巧みに演出されている。弟子たちが全員イエスの方を見つめているか、仲間同士で語り合っているのに対し(例外は画面を見る観者のほうに視線を投げかける人物であるが、これは構図上の工夫であろう)、ユダひとりがイエスの正面に位置しながら、まるでその視線を避けるように挑戦的に横を向いている。けれども、裏切りという劇的なドラマにもかかわらず、画面全体は抑制された静かな表現に支配されている。この静的性格は、「最後の晩餐」の主題が本来もっている、聖餐という宗教的意味の強調に由来するのだろう。なお、ド・フォスの手になる《最後の晩餐》として少なくとも3点の作品が知られている。
(出典: 国立西洋美術館名作選. 東京, 国立西洋美術館, 2006. cat. no. 25)
